| 1998 SUMMER SYMPOSIUM |
| 五味 太郎
絵本作家 1945年東京生まれ。桑沢デザイン研究ID科卒業工業デザイン・グラフィックデザインの世界から、絵本を中心とした創作活動に入り、ユニークな作品を発表、その著書は300冊以上に及ぶ。エッセイ・服飾デザイン等の世界でも活躍。 著書:「きんぎょがにげた」「みんなうんち」「正しい暮らし方読本」「五味太郎言葉図鑑」「ことわざ絵本」「大人−が・は・の−問題」等多数。 |
五味:寺脇さんご自身の幼稚園時代や学校時代というのは、どんなだったんですか?
寺脇:私はね、幼稚園は行ってないんですよ。
無認可の園、フリースクールみたいな所へ、週1回か2回行っていたんです。朝行って夕方まで、1日そこにいる。
4歳児の時は週1回、5歳児の時は週2回。それこそ学校1日制か2日制みたいな感じ。
生まれたのは、福岡ですから、福岡市の小学校に4年生までいて、4年生の3学期に鹿児島の小学校に移った。
両方とも公立の小学校です。
そこを卒業して、受験学校の鹿児島ラサールというところで中・高校時代を過ごした。
だから、中学からはノーマルじゃない学校生活になったわけです。
やはり小学校時代は楽しかったなっていうのはあります。昔は、中学も高校も小学校と同じく楽しかったんだと思うんですが。
五味:寺脇さんのいう「楽しかった」て、どういうニュアンス?
寺脇:まず、いろんな子どもがいたということ。ひとクラス五十何人いて、男も女も障害を持った子どももいる。
それから、ガキ大将みたいな、暴力でみんなを威圧する子どももいる。
五味:暮らしたのは町ですか?
寺脇:町です。5、6年生の鹿児島の学校は割と普通の住宅街にあったんだけど、福岡の小学校は、町の真ん中。
住宅街もあって1/3はサラリーマン、さらに1/3は大きな商店街もあったので、商人の子ども。残り1/3は、近くに漁港があったのでそこの漁師の子たち、いろいろな子がいました。
五味:寺脇さんより僕のほうが10年くらい上ですけど、僕が東京郊外にいました。新宿から電車で30分なんて所さえ、半分は畑でした。町だけれど、商人がいて、東京に通っているサラリーマンがいて、残りは農業の人がいたりする。そうすると、友だちのバリエーションがすごいんだよね。
僕らの時代でいくと、まだ、テレビ ―モノクロですよ― 、もちろん―なんて家庭にないような時代だから、電器屋の息子なんかと仲良くするのよね(笑)。
電器屋の息子と喧嘩するとテレビ見せてくれない、とかいう時代が、ついこの前、ほんのわずか前まであった。
でも、今はなんとなくバリエーションというのが、あるところはあるんでしょうけど、かなり少なくなってきている。
そのなかで、今の子どもたちはどうなのかなって。
余計なお世話だろうけど。
大人の側がすごくバリエーションが少ないのは間違いないよね。
寺脇:僕が中学から行った学校もそうだし、今だって私立の学校はいっぱいあるけど、私立は同じような目的を持った、だいたい同じような環境の中で育った子どもが集まってくるから、そういうことは言えるでしょうね。
五味:でもね、僕自身は、今の時代が、経済や学校制度なんかも含めてね、特にメチャクチャに悪い時代だという認識がないんだけど、寺脇さんはどうですか?
寺脇:認識がない?
五味:今、ものすごく悪い時代が来ているっていう認識はあまりない。
翻って言うと、出るところまで出ちゃって、これから良い
感じかなあっていうぐらい。
寺脇:それはあります。
僕が一番ひどかったと思うのは、今から10年くらい前の「バブル」とか言って、とにかくみんな「お金、お金」みたいなことになって、みんなで海外旅行に行っては買いあさってきたりした、あの時代。
今はそれから立ち直ろうとしている。
景気はその頃と比べれば悪いかもしれないけれど。
五味:お金だけに関して言えば、あの頃のほうが良かったって言える人もいるかもしれないけれど、例えば、子どもの教育、あるいは子どもの暮らし方に関して言えば、あの時代が良かった、と言えることはあんまりなかったと思う。
寺脇:それはそうだったと思います。
昔はテレビがなかった。
無いから良かったって、今は思うかもしれないけれど、あることで良いこともあるわけですよね。
テレビによる情報が得られなかったし、コンピュータだってなかったわけだし、読みたいだけ読めるような本も回りにドサッとあるような時代でもなかった訳だから。
それぞれの時代に良いところと悪いところがありますよ。
五味:子どもたちは今の状態の中に出口がない、荒れている、最悪の状態だ。
だから、どの時代に戻そうか、という発想にナンセンスだなという感じがする。
子どもたちが学校に行きたがらないとか、あるいは登校拒否ということが起こっているという今の状況は、翻って言えば、良いチャンスが来ているんだと思う。
今、登校拒否という現象が、良いとか悪いとかいう判断をするのも、分析としては必要なんだろうけれど、少なくとも、そういう現象が現にあって、子どもが学校に行きたくないと言っている。
逆にいえば、学校は「魅力がない」。
それなら、魅力のある学校をどうやって作るか、という
スタート台にやっと立てているという感じがある。
僕は現場にいないからよく分からないけれど、フリースクールみたいなところがどんどん増えているという。
そのことについて、寺脇さんに少し具体的なお話をしてほしい。
寺脇:昔、ぼくらが学校に行っていた頃は、6歳から15歳くらいまでの子どもは小学校に行く、中学校に行く、それ以外は全くなかったわけですよね。
行かない、というのはもちろん許されないし、学校に行かないで学校以外のところに行くことも許されていなかった。
いまはそれが認められるようになってきている。
どれくらいの数の子どもが(フリースクールに)行っているかということはまだ掌握できていないのだけれど、少なくとも、学校サイドから見て、長期欠席をする子どもが小中学校あわせていま10万人以上いることになっています。
これは、小中学校段階だけのことですから、まだ15歳から18歳までの普通なら高校に行っている年代の子どももいるわけですよね。
高校には行っていない、かといって就職しているわけではない子どもが。
そういったことも含めて20万人近くの子どもたちが学校に行っていない。
その中のどれくらいか、全部が行っているわけではないと思うけれども、学校以外で子どもが行く場としてのフリースクールとかサポート校と呼ばれるような場所ができてきている。
そういった学校はいままでは東京など都会にしかなかったわけですが、だんだん地方でもニーズが出てきている。
統計的に数字では示せないけれど、実感としてはそういうところが増えてきているという気がします。
五味:もっと根本的に言うならば、「昔は許されていなかった」って今もおっしゃったけれど、その「(学校に行かないことを)許されていなかった」、つまり「義務教育」という言葉の不思議さは今もまだずっと尾を引いているのでしょうね。
寺脇:戦後の義務教育は日本国憲法ができてから50年は経っていますよね。
50年経っているのだけれど、「義務教育」とは、子どもが学校に行く義務があるんだというふうにまだ勘違いしている人が随分いますね。多分、過半数がそう思っているんじゃないかな。
五味:過半数どころか90%は超えてる。
僕はアンケートをとったこともある。やはり、子どもには学校に行く義務がある、という解釈が一番好きなんじゃないかと思うんだ。
寺脇:義務教育と言うからいけないんですね。
「教育義務」と言えばいいんですね(笑)。
子どもに教育を受ける機会を提供する義務があると。
憲法の法令の本、六法全書でもなんでも、たぶん学校の校長室や職員室に置いてあると思いますが、憲法26条を読んでみると分かります。というか、それは小学校6年生で教えていなきゃいけないんじゃないかと思うんだけど。
五味:ちょっと口幅ったいけど、一般の暮らしの朝の風景を考えてみると、こどもはゆっくりご飯なんか食べていると、「さあ遅れますよ」「早く行きなさい」。このニュアンスが出る裏の背景とは何だろう。
子どもがテレビゲームでも始めるかなってときに、「早くやんなさい、遅れますよ」とは言わない。
でも、こと学校に関しては「荷物持った?」「ちゃんと宿題やった?」「早く行きなさい」というニュアンスが自然に出るのは、おっかさんの無知だけじゃ解決できないよね。
何か、ある雰囲気が確かにあるわけでしょ。少なくとも、それが一般てきな風景でしょ。
僕の父親は大学の仕事をしていたけれど、僕が中学生くらいで学校に出かけようとすると、ゆっくりコーヒーなんか飲んでいて「ちょっと待て。お前、みそ汁飲んでいけ」とかいう。
「学校遅れるから」とか言うと、「みそ汁と学校、どっちが大事か」なんてこと言われると、「みそ汁かなあ」とか思って、お袋が作ったみそ汁なんか飲んでバカ話しているうちに遅れてしまう。
それで(父親に)「お前、時間遅れるぞ」と怒られてしまう。
そんな変な父親だった。
その場合の価値観として「学校に遅れるぞ、お前には義務がある」というニュアンスは彼自身にはなかったと思う。
僕の母親にもあまりないから、僕は結果としてしょっちゅう遅刻していたわけです。
だって、「いってきます」と言うと、これを何とかのおばちゃんに届けてとか、お袋に頼まれたりするわけだよ。
しょうがないから、ずっと回っていって届けたりすると、学校には遅れちゃいますよね。
そういうもんだと思っていたから遅刻をどんどんやっていたら、学校から「遅刻が多い」と評価され、「きちんとしなさい」と言われて。
この雰囲気の中で「あ、世間は違うな」と気づいた。
それで、俺も母親に「そういう状況だから、なるべくしっかりしてください」と言った覚えがある(笑)。
「あら、そうなの」とか言って、彼女もあんまり好きじゃなかったのね、そういうことが。
でも、あとで考えたら、俺は異常な家庭で育ったんだなと思って、うらみつらみではないけれど振り返ってみて考えてみると、世間は憲法26条の解釈なんて言っている次元ではなく、「こどもを学校に行かせねば」「子どもは学校に行かねば」という考えが満ちていますよ。
これはどっから来たんだろうか。
寺脇:つまり、五味さんが小学校に行った時代は、そこらへんのことを大人はまだ分かっていたと思うんですよ。
「義務教育は子どもの義務」だと思うようになったのは、むしろ最近のことなんです。
まずね、戦前は、義務教育は小学校まででしたよね。
五味:戦前の義務教育は、本当の義務だったの?
寺脇:それも親が行かせる義務だったんですよ。
それも、小学校までだった。
戦前は小学校までは学校に行かせなければならなかったけど、小学校を出たら「家のために働けよ」とか言えた。
それこそ、大飢饉や冷害、干ばつなんかが起こると、12、13歳の子どもがいわゆる丁稚奉公などに出たり、あってはならないことだけれど、人身売買に近いこともあったりした時代の中で、小学校を出たら親や幼い弟や妹のために働いていたわけですよね。
それをやはり15歳までちゃんと教育を受けさせる義務があるんだよ、とした。
「あるんだよ」というのは、「あんた働かしちゃ
いかんよ」と言っているわけです。
もっと言うならば、明治5年に初めて小学校ができたときに、当時の明治政府は威張ってましたから、「小学校というものを作ったから、みんな通わせろ」と言った。
喜んで行かせた親もいるだろうけど、そういわれた親たちは「何でだろう?」と思った。
それまでは、子どもは労働力だったわけですよ。
とくに、農業社会ですから。
その中で、6つ、7つの子は、小さい子をお守りしていた。
明治時代の写真をみると、小さい赤ん坊おんぶしていて学校に通っていたりするわけですよ。
小守さんに雇われている家の子を抱いて外を散歩していると、どうしても学校の側まで行ってしまう。
それで学校の塀の外から覗いて、みんなお遊戯しているな、体育しているなというのを見ている。
(義務教育とは)そういう状況の中から始まった話だから。
その頃の親には「行かせなきゃダメだよ」っていう話だし、子どもも「行きたいけど、行けない」。
その後、みんなが子どもを働かせなくてもいいような社会になってくるほど、(こどもに)「あんた、行くのは義務よ」というふうに考えが変わってきちゃった。
子どもの側も今まで「行きたいけど、行けない」って言っていたのに、「行け」と言われて行くから、いやになっちゃった。
五味:同時に、労働基準法みたいなことともリンクしているのかな。
子どもを働かせない、という形で。
それと同時に、社会保障的に児童手当のようなものがつくということもずっとリンクしているのかな。
寺脇:そう。社会保障制度ができてくることであったり、社会が民主主義的になっていくことであったり、いろんなこととリンクしてそうなってきたわけです。
当時は新しいことだったんだけれど、今は空気と同じになってしまっていて、ありがたみも分からなくなってきた。
学校へ子どもがかよえることのありがたみなんか、分かんなくなっちゃってきてる。

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1998.ETWAS Summer Symposium
五味 太郎 さんと寺脇 研さんの対談:「こどもの未来を考える」
の全文掲載のレポートを差し上げます。
随分昔に行われたんですが・・・
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数年前にこのような提言をお二人が出されたことに驚かれるかもしれません。
今あなたが抱えている子育て・教育の問題の解決の糸口になるかも・・・
未だ新鮮さと輝きを失わないレポート、続きをぜひ読んでみてください。
「こどもの未来を考える」 :目次
●いまは、ものすごく悪い時代ではない
●「義務教育」の義務って、何?
●学校の掃除、なぜ子どもがしなくちゃいけない?
●学校は、こどもを社会人化する場所?
●「正しい子ども化」を強要するいまの教育
●大人が子どもをほめる、それも人権の侵害?
●生の充足を感じるための学問が影を潜めている
●学校は何をするところか、もっとクリアにしていこう
●子どもの気持ちを見抜けない大人が多い
●「我がまま」がなければ、「他がまま」も理解できない
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